利島村の歴史History of Toshima

利島のできごと
国内外の主なできごと
1946(昭和21)

1月29日 GHQと日本政府の覚書で、伊豆諸島が日本から分離される[通史編628、年表]

3月22日 政府とGHQの交渉により伊豆諸島の日本復帰が認められる[通史編628、年表]

この頃から、不浄として入水が禁止されていた女性が海に入るようになる[通史編633]

8月 農地改革で、本土地主に渡った土地がすべて島民に戻る[通史編636、年表]

  • 11月3日 日本国憲法公布
  • 12月 昭和南海地震(死者・行方不明者1443名)
1947(昭和22)

4月1日 利島村国民学校が利島村立利島小学校に改称、利島村立利島中学校が設立[通史編636、年表]

5月3日 地方自治法施行による地方公共団体としての利島村が発足[通史編634、年表]
※これに先立ち村長選挙・村議会選挙を実施

7月11日 この日から60日間無降雨による水飢饉で大島・新島・神津島・式根島より水をもらう[通史編637、年表]

  • 4月1日 教育基本法・学校教育法が施行され、6・3制教育、義務教育制が定められる
1948(昭和23)

11月10日 利島小・中学校が現在地に新築移転[通史編864、年表]

この年、椿油の精油工場が設立され、油絞り用のエンジン(5馬力)を利用した1日4時間の送電が始まる[通史編637、年表]
※この後、島内にラジオが普及し始める

この年、利島村農業協同組合が設立される[通史編639、年表]
※事務所は旧利島小学校校舎

  • 1月26日 帝銀事件
1949(昭和24)

この年、「昭和漁業法」により、利島沖合1000メートル以内が専有となる[通史編829、年表]

  • 11月3日 湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞(日本人初のノーベル賞受賞)
1950(昭和25)

6月 村民一同で梅田一郎彰徳碑(通称イタチの記念碑)を建立[通史編23・492、年表]

この年頃、製材所が精油工場脇に作られる[通史編641]

  • 6月 朝鮮戦争が始まる(~1953年7月)
  • 【利島近隣】7月16日 大島三原山大噴火
1951(昭和26)

5月4日 新漁業法に基づく利島村漁業協同組合が設立される[通史編929]

この年からラジオ台数が急増する[通史編781]

ラジオの普及(表:『伊豆諸島東京移管100年史』下巻)
  • 9月8日 サンフランシスコ講和条約で日本の主権回復(発効は1952年4月28日)
1952(昭和27)

4月 貨物船ウィリアム・イートン号が利島沖で遭難[通史編637、年表]

8月20日 郵便局に無線電話機が設置され、電話通話業務が開始される[通史編641・783、年表]

この年、漁業実績を上げるため伊豆下田の「三社丸」を運搬船として契約し、須崎・江ノ島・葉山などへの水揚げを可能とする[通史編829、年表]

  • 【利島近隣】4月9日 日本航空の旅客機「もく星号」、大島三原山に墜落(37名死亡)
1953(昭和28)

この年、青年団団長富田信作が利島初のテレビ(白黒・16万円)を購入し青年団会館に設置[通史編641・781、年表]

  • 2月1日 NHKがテレビ放送を開始
1954(昭和29)

3月 上山と西山で初の村営住宅(10戸)を建設[通史編641・787、年表]

4月1日 利島-新島間の海底ケーブル敷設で郵便局に電話回線が開通[通史編641・784、年表]

  • 3月1日 ビキニ環礁の水爆実験でマグロ漁船「第5福竜丸」が死の灰を浴びる
  • 9月 洞爺丸台風(死者・行方不明者約1700名)
1955(昭和30)

2月1日 100日間無降雨による水飢饉で海上自衛隊の自衛艦「わかば」が東京から水を運ぶ[通史編109、年表]

4月 利島を含む伊豆七島、伊豆七島国定公園に指定される[年表]

この年、前浜船揚場再建するが2日目に時化のため破損[通史編721、年表]

  • 11月15日 自由党と日本民主党が合同して自由民主党が誕生し、自民・社会両党による二大政党制(55年体制)が始まる

※「利島のできごと」中、[ ]内は『利島村史』の出典ページ。

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