利島村の歴史History of Toshima

利島のできごと
国内外の主なできごと
1868(明治元)

6月29日 伊豆諸島が韮山県の所属となる[通史編351、年表]

1871(明治4)

11月13日 廃藩置県に伴う県の統合で足柄県の所属となる[通史編351、年表]
※1876(明治9)年4月18日には、さらなる統合で静岡県の所属となる

1873(明治6)

旧暦6月8日 大地震が発生し、長久寺や薬師堂などが大きな被害を受ける[通史編383、年表]

  • 1872年 学制施行
1877(明治10)

5月1日 公立小学利島学校(小学校)、長久寺を仮校舎として開校[通史編385、研究資料編238、年表]

  • 1877年 西南戦争
1878(明治11)

1月11日 伊豆諸島が静岡県から東京府に移管される[通史編351、年表]
※江戸時代から人的・物的交流が伊豆半島より江戸/東京との方が盛んであったことが理由

明治維新後に利島が所属した行政区の変遷
1881(明治14)

4月19日 島吏官制改革で伊豆七島が郡区編成法の対象外となる[通史編393、年表]
※戸長・島用掛・村用掛などの名称が廃止され、代わりに利島では旧制の名称である名主1名・年寄2名が置かれる

1891(明治24)

4月 地役人前田道雄、利島・新島・神津島の郵便業務を担当する[通史編455、年表]

1894(明治27)

11月3日 利島役所落成[通史編427、年表]

  • 1894年-1895年 日清戦争
1897(明治30)

初めて警視庁から巡査が出張、駐在するようになる[通史編438・442、年表]

1898(明治31)

七島航路開設、東京-大島-利島-新島-三宅島に蒸気船「とうほう丸」「高砂丸」が就航(1カ月1便程度)[通史編444・455、年表]
※港を持たない利島では艀(はしけ)による連絡となる

七島航路開設(蒸気船「とうほう丸」「高砂丸」が就航)
1899(明治32)

海岸寺、後継者なく無住となり、明治34年-35年に長久寺に合併される[通史編1077、年表]

1906(明治39)

新島漁業組合から分離して利島漁業組合が結成される[通史編450、年表]

  • 1904年-1905年 日露戦争
1907(明治40)

5月25日 東京-大島-利島-新島-神津島-三宅島線(月1回定期就航)と東京-大島-利島-新島-式根島-神津島線(月3回不定期就航)の2航路が命令航路として開設される[通史編458、年表]

1908(明治41)

4月 島嶼町村制が施行され、伊豆大島と八丈島に導入されるが、利島を含む他の伊豆七島では旧来の行政(統治)体制が続く[通史編470、年表]

1912(明治45)

この年までに畜産業が導入される(当初は肉牛生産)[通史編535、年表]

1916(大正5)

1月 利島畜産組合結成、島外から技術者を招聘して肉生産から酪農への転換を図る[通史編536、年表]

  • 1914年 第一次世界大戦(~1918年)
1920(大正9)

9月30日 地方官制改正により、新島・神津島・三宅島・御蔵島と共に大島島庁管下に再編入される[通史編474、年表]

  • 1918年 米騒動
1923(大正12)

12月1日 島嶼町村制施行により利島村が発足[通史編474、年表]
※これに先立ち、1723年以来島の行政を担ってきた島名主・島民総代制度は9月30日付で廃止されている

利島村はこの日から始まった
  • 1923年9月 関東大震災
1925(大正14)

前田治郎、農林省の補助を受けて村内初の動力船「利島丸(15馬、1300万円)」を購入し、主に海老漁に利用する[通史編565、年表]

1926(大正15)

利島村が大島支庁管轄となる[通史編479、年表]

※「利島のできごと」中、[ ]内は『利島村史』の出典ページ。

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