少し前頃
利島に初めて縄文人が渡来し、駿河・伊豆・相模などに分布する土器を遺す[通史編176・180、年表]
※神津島で算出される黒曜石採取の中継地としての来島と考えられる
大石山遺跡で縄文時代中・後期のものと考えられる竪穴式敷石住居跡[通史編17、年表]
※土器、黒曜石の石鏃、スクレーパー、石斧、鹿角釣針などが出土
ケッケイ山遺跡で弥生時代中期前半の須和田式土器を伴う住居跡[通史編18・181、年表]
※東日本で初めて発見された弥生中期前半の住居跡で、壺型土器、鉢型土器、黒曜石の石鏃などが出土
大石山遺跡で古墳時代前期及び中期の住居跡[通史編183・184]
※古墳時代中期の石製模造品も出土していることから祭祀の場でもあったと考えられる
駿河国から分かれて伊豆国が成立する
伊豆国が遠流の地となる
保元の乱(1156年)で伊豆大島に流された源為朝が利島(ミツケノ島)を含む伊豆七島を押領するが、諸島を所領とする伊豆の豪族・工藤介茂光に攻められ自害[通史編196]
伊豆が源頼朝の知行国(関東御分国)となる[年表]
室町幕府管領斯波義将、利島を含む伊豆国の支配権を伊豆国守護上杉憲定に引き渡すよう関東管領上杉朝宗に命じる[通史編208、年表]
日浄、海岸寺を創建(甲斐身延山の日蓮宗久遠寺の末寺)[通史編1065]
駿河国興国寺城(静岡県沼津市)の伊勢盛時(北条早雲)、堀越公方の内紛で混乱する伊豆国を占領、伊豆七島にも代官を派遣して支配する[通史編211]
8月25日 遠江国(静岡県西部)で明応地震が発生[通史編211]
※新島にも津波が到達した記録があることから、利島にも被害が及んだと推測される
藤井次良兵衛が開基、下田本覚寺から招聘した日想を開山として長久寺を創建[通史編1067、年表]
徳川家康が関東へ移封されて江戸城に入り、伊豆諸島は徳川氏の蔵入地(直轄地)となる[通史編213、年表]
※「利島のできごと」中、[ ]内は『利島村史』の出典ページ。